x2 今月の1枚

2001年 10月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。
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 第1回目の「今月の一枚」は『月見山風景』です(1940年頃制作)。

『月見山風景』

この小品は、神戸市須磨区月見山町にあった鈴木のアトリエの窓から見える武庫離宮(現在は須磨離宮公園になっている)の森を描いたものです。鈴木はこの景色が好きで、四季折々に変化する様子を繰り返し描いています。

 鈴木は兵庫県美術家聯盟の機関誌「聯盟美術」の1939年10月号に、次のような随筆を書いています。

なお、瓦藍堂というのは鈴木のペンネームです。

(以下、随筆本文 ↓)

▲鈴木清一作 『月見山風景』 (1940年頃)
 油彩 木板 21.5×27.0cm 個人蔵(神戸市)

    

詣窓昆合描痕警掘掘瓦藍堂

『窓から描く』  瓦藍堂

詣窓昆合描痕警掘掘瓦藍堂

 出無精のせいもあるが、僕は余り写生旅行に出掛けない。そのくせ、常に旅行に出たい欲求にかられている。牧水と親しかった僕の友人がある。其の友人がよく僕に嘆息をもらしていた。『歌人なんていふ職業は雑記帳1冊と鉛筆1本を懐に入れて、ぷらりと旅に出れるのだから沁々羨ましいと思ふよ。あれなら旅も楽しめるし、気の向いたまヽ何処まででも行ける。画家はそれに比べてみればまるで運送屋だよ。』 僕もほんとにそう思ふ。重い絵具箱、画架、カンバス等大道具小道具一切を携帯に及ばなければならない。この身に余る厄介な荷物を持って、汽車、電車、狭苦しいバスに乗り降りせんならぬのだから、目的地へ着いて仕事を始めるまでに、精力の大半を消耗してしまはなければならぬ。
 かう考へると、写生旅行に出ると云ふことは、もう厭になってしまふのである。 然したまには何も持たず、ぷらりと旅に出てみると、徒に画心を唆られ、道具を持たずに来たことを後悔させられるのである。こんなことから、僕は自然近所の景色ばかり描くことになる。甚だしいのは、現在の須磨の家の2階の窓から離宮の松林を座敷に座ったまヽ描くことがある。これは、実に具合がいヽ。僕のやうな無精者には先ずこれ程理想的なのは無い。四季を通じて眺めていると、この小さな窓から見る離宮の松林もそれぞれに美しい。