バックナンバー 2002年 1月号


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 第5回目の「今月の一枚」では、1940(昭和15)年に描かれた『雲と牛』を取り上げることにします。

『雲と牛』

▲『雲と牛』(1940年)、油彩、カンヴァス、91.0×116.8cm、個人蔵(神戸市)




木枠から外して保存されていたカンヴァスを修復工房へ搬出するのに際して、絵具の剥落防止のためにワックスを塗っているところ(2001年6月)。


真っ赤に染まった夕焼け雲の下で、青い海とはるか彼方に見える島影を背景に、大きな黒い雌牛がただ一頭、悠然と草を食んでいる穏やかで平和な光景が、50号の画面いっぱいに力強い筆致で描かれています。この作品は、清一が戦前から戦後にかけて住んでいた神戸市須磨区月見山の近くの農家の牛をモデルに描いたものと考えられています。遠方の島影は淡路島なのでしょう。

この作品が描かれた1940年には文部省美術展覧会(文展)が開催されず、文部省と紀元2600年奉祝会の共同主催で各美術団体を総合した「紀元2600年奉祝美術展覧会」が同年10月に開催されました。清一はこの展覧会に出品するために『雲と牛』を描きました。

紀元2600年というのは、日本書紀に記載された神武天皇即位から数えてこの年が皇紀2600年に当るというもので、国民の戦意高揚を目的とした国を挙げての祝賀祭典が11月10日から5日間にわたって全国で繰り広げられたのです。この年は、7月に第2次近衛内閣が成立、9月に日本軍が北部仏印に進駐、さらに日独伊3国同盟締結と、日本の国際的な孤立が決定的となった年でもありました。10月には国民精神総動員体制のシンボルとも言うべき大政翼賛会が発会し、全国民を戦争へと狩り出す準備が着々と整えられていったのでした。

清一は展覧会終了後もこの作品を手許に残していましたが、保管場所が手狭になったために木枠から外したカンヴァスを巻いて保存していました。このため、絵具に亀裂が発生し一部で剥落するなどの損傷が進んでいたので、『郷土の洋画家・鈴木清一回顧展』を開催する機会に修復が施されました。なお、近くこの作品は兵庫県立近代美術館に寄贈されることになっています。

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