バックナンバー 2002年 5月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。
このページについてのご意見やご質問、あるいは関連情報などをお待ちしています。

バックナンバー
2002年4月:『菊池辰重氏像』
2002年3月:『代々木風景』
2002年2月:『春のうた』
2002年1月:『雲と牛』
2001年12月:『天王山農場』
2001年11月:『初秋』

2001年10月:『月見山風景』
2001年9月:『孔雀』


 2002年5月の「今月の1枚」は『赤い本』(1922年)です。

『赤い本』


▲ 『赤い本』(1922年)
油彩、カンヴァス、115.0×115.0cm
茨城県近代美術館蔵(水戸市)


この『赤い本』は1922年の第4回帝展に入選した作品です。茨城県が清一から譲り受け、永らく茨城県庁内に飾られていましたが、現在は茨城県近代美術館に収蔵されています。とくに、女性や子供達に人気がある作品だといわれています。

なお、2001年10月に神戸で開催された『鈴木清一回顧展』では、この作品の実物大のレプリカが展示され、来館者から強い関心が寄せられました。

茨城県近代美術館の長山貞之氏は、茨城県職員誌《ひろば》の1994年6月号に、この作品について次のように書いています。

庭で読書する二人の少女は、姉妹であろうか。人物の視線はこの作品の主題でもある一冊の赤い本に注がれている。ここでは、背景の樹木の緑と本の赤の対比がよく効いており、一つのポイントになっている。そして、少女のこの上もなく愛らしい仕草や豊かな表情は、外光派風の明るい色彩手法や伸びやかな筆使いと調和し、画面を暖かくみずみずしい雰囲気で包んでいる。

黒田清輝らの外光主義は、身近かな日常の中にモチーフを求め、感覚の解放と光を描く喜びをもたらし、明治から大正にかけて多くの画学生をひきつけた。この作品を描いた頃の作者は、東京美術学校教授の黒田に師事していたことから、外光表現にも相当の関心を寄せていたのであろう。この『赤い本』には、こうした真摯な絵画研究の成果がみてとれる。

ところで、昭和初期にかけて人物画や裸婦を得意とし、シリーズ化して官展に発表している。この作品は、その連作の最初に位置する記念作であり、第4回帝展に出品された。

作者は明治28年、水戸市北三の丸(現在の北見町の茨城新聞社付近)に生まれ、戦前期の帝・文展に出品し、洋画壇の中堅として活躍した。さらに昭和5年神戸に転居後は、兵庫県美術家聯盟の委員長も務めるなどの輝かしい経歴をもつ。しかし戦後は、戦時中の大政翼賛会協力者であったことがわざわいして中央画壇から退き、次第にその名も聞かれなくなってしまった。

『今月の一枚』(2002年3月号)の『代々木風景』では、東京・代々木の清一のアトリエで撮影した写真をご紹介しましたが、この写真に『赤い本』が写っていることにご注目下さい。


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