バックナンバー 2003年 10月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。

バックナンバー

2003年 2002年 2001年
9月:『窓からの風景』 
8月:『石廊岬』
7月:『婦人像』
6月:『水戸弘道館』 
5月:『布引の新緑』
4月:『山ざくら』
3月:『水仙』

2月:『早春の六甲』
1月:『小菊』
12月:『根室原野の鶴』
11月: 『筑波山』 
10月: 『篠原本町の庭』   
9月: 『八千代像』  
8月:『九歳の八千代』  
7月:『会下山風景』
6月:『舞子の松』
5月:『赤い本』

4月:『菊池辰重氏像』
3月:『代々木風景』
2月:『春のうた』
1月:『雲と牛』

12月:『天王山農場』
11月:『初秋』

10月:『月見山風景』
9月:『孔雀』

今月は清一が1941(昭和16)年秋に描いた『染付け皿と秋果』をご紹介します。



▲鈴木清一作『染付け皿と秋果』
(1941年)
油彩・紙、31.5×40.5cm
個人蔵(神戸市須磨区)

 

 柿は清一の静物画によく登場するモチーフの一つで、皿や盆に乗せただけのものから、紅葉した落葉や、葡萄、栗、柘榴、柑橘類、林檎などと共に描いた作品が沢山残っています。

  秋は彼がもっとも好んだ季節でしたが、とくに柿には特別の思い出があったようです。中学時代からの親友に宛てて彼は次のような季節の便りを送っています。




 私の生まれた家の屋敷に彼岸の頃には食べられる柿の木があった。
  子供の頃、木に登って其の柿の実を食べたことを覚えている。

  今日から考へると大して甘くない柿だったと思ふが、 幼いころの私にとってはうれしいものだったらしく、今でもよく思い出します。

 

←鈴木清一作『柿』(1967年)
 水彩・はがき、14.8×10.0cm
 個人蔵(京都府長岡京市)

 この作品に描かれている染付け皿は清一が気に入っていたもので、静物画を描くときによく使いました。

「染付け」というのは白地に藍青色の絵文様のある陶磁器で、白色の胎土(主に磁器)で成形した素地の上に酸化コバルトの絵具で文様を絵付し、その上にガラス質の透明釉をかけ1,300~1,350度前後の火力で焼き上げて作られます(新潮社、世界美術辞典)。

 この皿は清一のアトリエに昔から置いてあったもので、いまもわたしの手許に残っています。作者の名前などは入っていないのですが、最近になって、清一がこの皿を入手した経緯が明らかになりました。彼が同じ友人へ送った絵手紙にこの皿のことが書いてあったのです。

 会下山に家をもった頃、跡部さんと山手を散歩し古道具屋で見付けた染付の皿(径8寸5分)、その時同氏から贈られたもの。30何年かの間こわしもせず、よくも今日まで持っていたものだ。跡部さんかたみの皿也。

 

 

←鈴木清一作 『染付けの皿』 (1967年)
 水彩・はがき、14.8×10.0cm
 個人蔵(京都府長岡京市)

 


 跡部さんというのは「今月の一枚」2001年9月号の『孔雀』、および2002年7月号の『会下山風景』でご紹介した洋画コレクターの跡部操さんのことです。
  彼はこの染付け皿を眺めて、亡き跡部さんのことや会下山での新婚生活のことなどを懐かしく思い出していたのでしょう。



▲染付けの皿の写真
 

 さて、この作品の画面右上には「清一 昭和十六年」と茶色の絵具で記されています。おそらくこの年の10月頃に描かれたものでしょう。

  日米開戦の直前で、清一が大政翼賛会の外郭団体として結成された神戸文化聯盟の常任委員や、大政翼賛会の推進員を委嘱された時期にあたります。当時はすでにカンヴァスや絵具等の画材が不足し始めていたため、この作品は画用紙に油絵具で描かれています。

  しかし、この作品からはそんな暗い世相がまったく感じられません。柿の鮮やかな朱色と柑橘の黄色、それに皿の青と白とが見事なコントラストを見せています。 柿にも柑橘にも小枝と葉がついているところを見ると、果物屋で買ったものではなく、ご近所の庭に生ったものを頂いてきたのでしょう。


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