バックナンバー 2003年 11月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。

バックナンバー

2003年 2002年 2001年

10月:『染付け皿と秋果』
9月:『窓からの風景』 

8月:『石廊岬』
7月:『婦人像』
6月:『水戸弘道館』 
5月:『布引の新緑』
4月:『山ざくら』
3月:『水仙』

2月:『早春の六甲』
1月:『小菊』

12月:『根室原野の鶴』
11月: 『筑波山』 
10月: 『篠原本町の庭』   
9月: 『八千代像』  
8月:『九歳の八千代』  
7月:『会下山風景』
6月:『舞子の松』
5月:『赤い本』

4月:『菊池辰重氏像』
3月:『代々木風景』
2月:『春のうた』
1月:『雲と牛』

12月:『天王山農場』
11月:『初秋』

10月:『月見山風景』
9月:『孔雀』

今月は、清一が1960年代に描いたと思われる『秋深まる』と、
この絵にまつわる数奇なエピソードをご紹介します。



▲鈴木清一作『秋深まる』
(1960年代?)
木炭/水彩・紙、33.2×40.8cm
個人蔵(神戸市須磨区)

 

 鮮やかに色づいた落葉樹、切り立つ断崖、手前に描かれているのは湖でしょうか、それとも海でしょうか。よく見ると画面の左手には紅葉樹に混じって赤松も生えています。不思議な形をした岩山の上には、ところどころ常緑樹が生えており、断崖の岩壁にもわずかながら草が生えているようです。

 この作品は水彩画ですが、一見したところではまるで油彩画のように見えます。とくに紅葉した樹木のマチエール(質感)からそのような印象を受けるのですが、その秘密は不透明水彩絵具にあるようです。木炭で簡単な下絵を描いた後に透明水彩で全体を彩色し、最後に黄色と赤の不透明水彩絵具で紅葉を描いて仕上げたものと思われます。





鈴木清一作『秋深まる』(部分拡大図)

 

 

  ところで、この作品には画面左下に「清一」の署名は入っていますが、日付も場所も記されていません。画風から推察して1960年代の作品と思われますが、どこで写生したのかは分かりません。もちろん独特の形をした断崖が最大の手掛かりとなる筈なのですが、残念ながらわたしにはどこの景色なのかが分からないのです。


 もう一つ手掛かりとなりそうなのは、この作品に使われている画用紙です。
  紙の上端には小さな丸穴が並んでいることから、スパイラル綴のスケッチブックから外したものであることは明らかです。1册のスケッチブックを携えて旅に出た清一は、帰宅してからこの風景画をスケッチブックから外して額に入れたのでしょう。そこで、これと同じ綴じ穴を持つスケッチブック、あるいは同じ綴じ穴のある画用紙に描かれた作品を探し出せば、何らかの手掛かりが得られる筈です。しかし、今までのところそんなスケッチブックも紙も未だ見つかっていないのです。この風景をご存じの方はぜひご連絡下さい。

 さて、わたしは今年の6月はじめに、ウエブサイトの掲示板に「赤い糸で結ばれた清一の作品が戻ってきました」という報告をいたしました。この風景画はその中に含まれていた1枚です。

  ここに、Tさんご夫妻のご好意に改めて深くお礼を申し上げることにいたします。


赤い糸で結ばれた清一の作品が戻ってきました
掲示板掲載(2003年6月6日)


 今年の4月、神戸市東灘区のT氏という方から清一の作品を所蔵しているという突然の連絡を頂きました。このウェブサイトをご覧になったとのことでした。

  早速ご自宅を訪問して見せて頂いたものは、紛れもなく清一が1950年代から60年代にかけて描いた8点の作品でした。わたしはこれらを作品データベースに登録するための調査を済ませ、清一に関する資料とサン・テレビ制作の『忘却の洋画家・鈴木清一の世界』のビデオテープを置いてその日は帰宅しました。

 今週のはじめに再びT氏から電話を頂きました。作品を遺族に返還したいとの夢のようなお申し出で、氏は直ぐにご自分の車で8点の作品を届けて下さったのです。感謝・感激です。

  T氏によると、これらは元の所蔵家から第3者を介して入手なさったとのことですが、約半世紀ぶりに戻ってきたこれらの作品には、赤い糸で結ばれた数奇な運命のようなものを感じます。誠に不思議なご縁としか言いようがありません。ありがとうございました。


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