バックナンバー 2003年 12月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。

バックナンバー

2003年 2002年 2001年

11月:『秋深まる』 
10月:『染付け皿と秋果』
9月:『窓からの風景』 

8月:『石廊岬』
7月:『婦人像』
6月:『水戸弘道館』 
5月:『布引の新緑』
4月:『山ざくら』
3月:『水仙』

2月:『早春の六甲』
1月:『小菊』

12月:『根室原野の鶴』
11月: 『筑波山』 
10月: 『篠原本町の庭』   
9月: 『八千代像』  
8月:『九歳の八千代』  
7月:『会下山風景』
6月:『舞子の松』
5月:『赤い本』

4月:『菊池辰重氏像』
3月:『代々木風景』
2月:『春のうた』
1月:『雲と牛』

12月:『天王山農場』
11月:『初秋』

10月:『月見山風景』
9月:『孔雀』

今月は、『少女』ご紹介します。



▲鈴木清一作『少女』
(1922年)
油彩・キャンヴァス, 80.3cm×65.1cm
兵庫県立美術館蔵

 

 12-3歳ぐらいの愛らしい少女が、燦々と降り注ぐ陽光の下で頬を紅潮させ、こちらを静かに見つめています。白い花飾りのある濃紺の帽子を被った頭を僅かに傾げ、両手の指先を軽く合わせた仕草がとても優しく印象的です。彼女はピンク色のバラの垣根の前でスツールに腰を掛けているようです。少女の青いドレスの胸元と袖口にはバラの花と同じ色の可愛い刺繍の飾りがついています。
 この作品の画面右下には茶色の絵具で「Seiichi Suzuki,1922」のサインが入っており、キャンヴァスの木枠には「少女、東京、鈴木清一」の墨書があります。

 1922(大正11)年は清一が東京美術学校研究科の課程を修了した年で、東京・代々木のアトリエで制作に打ち込んでいた時期に当たります。この年の3月には第1次大戦後の平和を祝福する平和記念東京博覧会が上野公園で始まり、清一の『早春』が「平和記念東京博覧会美術展覧会」に入選、さらに『赤い本』(「今月の一枚」2002年5月号)同年10月の第4回帝展に入選しています。清一の帝展入選は前年に続く2度目のもので、1936(昭和11)年に改組された文展の無鑑査に推薦されるまで、連続入選を続けることになります。

 この『少女』と『赤い本』とはほぼ同時期に制作された作品であるだけに、モチーフにもスタイルにも共通するものがあり、ともに明るい外光派の流れを汲んでいます。『少女』のモデルは『赤い本』に描かれている二人の少女のうちの一人であるようにも見えます。おそらく清一の知人かアトリエの近所に住むお嬢さんなのでしょう。『少女』の木枠に記された墨書から、展覧会へ出品するために制作された作品である可能性が高いと考えられますが、今となっては詳しいことは分かりません。

 さて、この『少女』は『代々木風景』(2002年3月号) 『孔雀』(2001年9月号) 『雲と牛』(2002年1月号)とともに、2001(平成13)年10年に神戸・元町通で開催した「鈴木清一回顧展」に展示した後、神戸市中央区脇浜海岸通の兵庫県立美術館に寄贈されました。その県立美術館では11月21日から「『画廊』をめぐる作家たち」という小企画展が開かれています。



   『画廊』というのは、元・新聞記者だった大塚銀次郎が1930(昭和5)年に神戸・鯉川筋に開いた神戸で最初のアートギャラリーで、戦争が激しくなった1943(昭和18)年に閉鎖されるまで、多くの美術家たちがここで展覧会を開きました。『画廊』という名前は、当時、大阪朝日新聞神戸支局長だった朝倉斯道がギャラリーをもじってつけたと言われています。

 いま開かれている展覧会では、戦前から戦中にかけてここで活躍した美術家たちの作品や資料が展示されており、黒木鵜足、中山岩太、今竹七郎、小磯良平、林武、林重義、川西英、小松益喜、伊藤慶之助、鈴木清一、大石輝一、辻愛造、別車博資、神原浩、福田眉仙、大野麦風、浅原清隆の作品が紹介されています。郷土ゆかりのこの作家たちのうち、みなさんは何人の名前をご存じでしょうか。

 ※この展覧会は2004年の2月末まで開かれています。
 


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