このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。
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今月は、『倉敷の家』をご紹介します。
![]() ▲鈴木清一作『倉敷の家』(1955年頃) 油彩・色紙、27.0×24.0cm 個人蔵(神戸市垂水区) |
戦災を免れた倉敷の街の中心部、そこには白壁に黒い瓦の町家が軒を並べ、江戸時代の名残を留めています。観光客で賑合う表通りから横丁へ一歩足を踏み入れると、両側には塗りごめの白壁と貼り瓦を漆喰で塗り込んだナマコ壁が続きます。
倉敷ではこのような路地を「ひやさい」と呼ぶそうです。
周囲を屋根で取り囲まれた狭い青空には、白い雲が浮かんでいます。明るい陽光に白い壁が眩しいほどに光り、ナマコ壁や板壁の暗い色と好対照を成しています。漆喰の一部が剥がれ落ちて下地が露出した土色の壁は、時の流れを物語っているようで情緒があります。
色紙に油絵具で描かれたこの作品は、現場で描いた水彩スケッチを基にアトリエで制作されたことは明らかです。
この油彩画とまったく同じ構図のスケッチが清一の遺品の中から見つかっているからです(下図)。
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▲鈴木清一作『倉敷のスケッチ』(1955年頃) 鉛筆/水彩・紙、29.5×21.0cm 個人蔵(神戸市須磨区) |
清一は戦前からたびたび倉敷を訪れています。とくに彼が講師をしていた木曜会の会員を伴って、大原美術館へ出かけたことが何度かあったようです。
西洋と日本の近・現代美術の名作をまとめて鑑賞することができる美術館で、神戸から日帰りできるようなところはここしかなかったからでしょう。清一はこの美術館で展示品の見どころなどを話して聞かせただけでなく、倉敷の街を散策して古い町並みを何枚も写生しました。
この水彩画もその中の1枚で、現場では鉛筆だけでスケッチを済ませ、帰宅してから水彩で仕上げたものと思われます。
木曜会は1932年に創設された三菱重工神戸造船所の絵画同好会で、清一は1933年1月から講師を引き受け、戦中から戦後にかけてしばらく休眠状態になっていましたが、1951年に活動を再開し、彼は1979年の死の直前まで講師を務めました。
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