このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、作品にまつわる話題などとともにご紹介していきたいと思います。
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今月は、『月見山の家の庭』(1951年)をご紹介します。
![]() ▲鈴木清一作『月見山の家の庭』(1951年) 油彩・キャンヴァス、26.5×21.5cm 個人蔵(神戸市北区) |
1933年から1954年までの21年間、清一は神戸市須磨区月見山町の借家に住んでいました。この作品は家の南側にあった小さな庭を描いたもので、ヤマブキの黄色い花が後方の暗い茂みに見事に映えています。手前にはシャガとゼンマイとモミジ、その奥にはオモトも生えています。画面左手には庭石も見えています。
清一は自然のままの庭が好きでした。マツ、ヤマザクラ、モクレン、タイサンボク、カシ、タケ、ボケ、サツキ、ハゼ、ムクゲ、ヒイラギ、フジ、シャラなどの木や、ユキノシタ、ドクダミ、リンドウ、ミヤコワスレなどが所狭しと生えていてました。あまり大きくない庭木は、彼が裏山から持ち帰ったものだったのかも知れません。『篠原本町の庭』(2002年10月号)でご紹介したように、彼は子供の頃から山で見つけた苗木を育てるのが好きだったからです。
こんな平和な小庭にも恐ろしい思い出があります。『窓からの風景』(2003年9月号)に記した1945年3月17日夜半の神戸大空襲です。B29が大量にばらまいた焼夷弾のうちの1本がこの庭に落ちて、激しく燃え上がったのです。このとき、焼夷弾が直撃したのがこの絵に描かれている庭石でした。
さて、清一はこの作品以外にもう1枚、明らかに同時期に描いたと思われる同じモチーフの作品(下の写真)を残しています。構図はほぼ同じですが、こちらは画面いっぱいにヤマブキが描かれている点が違います。みなさんはどちらの絵がお好きでしょうか?