2005年 1月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、
作品にまつわる話題などととしていきたいと思います。

※今月までのバックナンバーは、ページの最下段をご覧下さい。


今月は『青いリボンの少女』(1920年)をご紹介します。

鈴木清一作『青いリボンの少女』(1920年)
油彩・キャンヴァス、25.5x25.5cm
個人蔵(神戸市須磨区)
 


 清一はこの小さな人物画が大変気に入っていたようで、彼のアトリエの壁にいつもこの絵が架けてあったのをわたしはよく覚えています。ですから、わたしは今でもこの絵を見ると、父の留守中にそっと覗いたアトリエの内部の様子や油絵具の匂いなど、子供のころのことを懐かしく思い出すのです。絵画や音楽には不思議な力があり、幼いころに親しんだものを大人になって見たり聴いたりすると、遠い昔の記憶がありありと甦ってくるものです。

 そんなことを考えながら、もう一度この絵を眺めてみます。微かな笑みを浮かべたこの色白の少女は、頬をリンゴのように赤く火照らせ、つぶらな瞳でじっと作者の方を見つめています。年齢は5-6歳ぐらいでしょうか、いかにも賢そうな女の子です。赤い襟のシャツの上に暖かそうな厚手の上着を着て、さらに白いエプロンのようなものを着けています。季節は冬なのでしょう。

 キャンヴァスをひっくり返してみると、赤い絵具で「1920 Dec」と記されていました。つまり、関東大震災が起こる3年前、清一が25歳のときの作品ということになります。1919年3月に東京美術学校を卒業し、同校の研究科でさらに腕を磨いていた時期に当たります。東京美術学校の同窓会誌・交友会月報(1923年5月号)の会員消息欄に「鈴木清一氏、市外代々木山谷160へ転居」とあることから、この少女の絵は代々木以前の作品であることは間違いありません。

 では、代々木に移る前の清一のアトリエはどこにあったのでしょう。この謎を解く鍵が、八千代のノートの中から最近になって発見されました。短歌を詠むことが好きだった彼女は、1920年代に作った300首余りの短歌を書き綴ったノートを残しています。このノートの扉には「堰きあへぬ胸のなげきは三十一文字 かきながしてぞなぐさまるべき」とあり、幼かった日々の思い出や季節の移り変わりを詠んだ歌をはじめ、清一への恋慕の情を切々と詠った歌などが記されています。その中に次のような2首があることから、画学生の清一が下谷区谷中のお寺に住んでいたということが明らかになったのです。しかし、寺町とも呼ばれるほど谷中には多くの寺院があり、彼が住んでいた寺の名前までは分かっていません。

  夕方の勤行ならむ谷中なる きみが住居に鉦きこゆるは
  谷中なるきみが住居のめづらしや 夕べとなれば木魚ひびきて

 ところで、この愛らしい少女は一体誰なのでしょうか。『少女』(2003年12月号参照)のモデルになった人物のようでもあり、さらに『赤い本』(2002年5月号参照)に登場する少女であるようにも見えます。清一のお弟子さんの一人から伺った話によると、彼は若いころ、知人の娘さんの肖像を描いたことがあったそうです。ところが、その子が幼くして病死したため、彼はその知人に肖像画を差し上げようとしたところ、受け取るのを辞退されたというのです。可哀想な娘さんのことを思い出すのが辛いからという理由だったようです。
  ことによると、その娘さんというのがこの少女のことだったのかも知れませんが、本当のことはもう知る術もありません。


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2004年 2003年

12月:『山本五十六元帥の生家』 
11月:『月見山晩秋』
10月:『ぶどうと西洋梨』

9月:『中之島公園』
8月:『山百合』
7月:『丹頂鶴』
 
6月:『月見山の家の庭』
5月:『舞子の風景』

4月:『鬼塚貫一氏像』
3月:『倉敷の家』

2月:『早春』
1月:『自画像』

12月:『少女』 
11月:『秋深まる』 
10月:『染付け皿と秋果』
9月:『窓からの風景』 

8月:『石廊岬』
7月:『婦人像』
6月:『水戸弘道館』 
5月:『布引の新緑』
4月:『山ざくら』
3月:『水仙』

2月:『早春の六甲』
1月:『小菊』
2002年  2001年
12月:『根室原野の鶴』
11月: 『筑波山』 
10月: 『篠原本町の庭』   
9月: 『八千代像』  
8月:『九歳の八千代』  
7月:『会下山風景』
6月:『舞子の松』
5月:『赤い本』

4月:『菊池辰重氏像』
3月:『代々木風景』
2月:『春のうた』
1月:『雲と牛』
12月:『天王山農場』
11月:『初秋』

10月:『月見山風景』
9月:『孔雀』

 


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