2005年 10月号


このページでは、鈴木清一の作品を毎月一点づつ取り上げ、
作品にまつわる話題などととしていきたいと思います。

※今月までのバックナンバーは、ページの最下段をご覧下さい。


今月は『天王山農場本館』(1946年)をご紹介いたします。


▲鈴木清一作『天王山農場本館』(1946年)

パステル・紙、23.8x33.0cm、個人蔵(神戸市西区)


「今月の一枚」2001年12月号の『天王山農場』(1945年)では、清一が戦争末期の1944年から1945年にかけて、兵庫県明石郡神出町(現在の神戸市西区神出町)にあった健民修練所で写生の指導に当たっていたことをご紹介しました。

健民修練所というのは、戦時国家が即戦力として必要とする健民強兵を養成するための施設で、1943年6月に厚生省人口局が作成した健民修練所設置要綱に基づいて、全国に約1,300個所の施設を開設し、国民体力法による体力検査の結果、17〜19歳の筋骨薄弱者(徴兵検査で第2乙、第3乙に当たる者)または結核要注意者と認められた者を入所させ、厳正な団体的規律を重んじた軍隊式生活を通じて、2か月間の修練が行うこととされていたものです。これに基づいて、兵庫県内では天王山農場のほかに、加東郡社町、加古郡神野村(現加古川市神野町)、明石市大蔵谷などに健民修練所が設けられました。また、神戸市内のホテルや企業の施設などを利用した健民修練所も設置されました。大政翼賛会厚生部では健民運動を地方翼賛文化活動の一環としても展開するように求めていたので、天王山農場では合唱や写生のような情操教育が行なわれていたものと考えられます。

さて、今月の『天王山農場本館』(上図)に描かれている山小屋風の建物は、この農場の経営者・大西肇氏の住宅として建てられたものです。1934年に完成した木造2階建の建物で、築後すでに70年以上が経っていますが、幸い火災や天災にも遭わずにほぼ当時の姿のまま残っており、現在はレストラン「まきば」として使われています。

ところで、清一の健民修練所での写生指導の仕事は、1945年の春ごろには終わっていました。ところが、この作品の左下をよく見ると「昭和二十一年一月 清」と記されていることから、彼は終戦の翌年にも天王山農場を訪れていたことが分かります。この事実はいささか意外でしたが、終戦直後の極度の食糧難の時期に、おそらく彼は戦争中に親しくなった大西氏を頼って、神出町まで食料の買い出しにやって来たのではないかと思うのです。


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