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▲鈴木清一作『戦前の旧居留地風景』(1930年代) 水彩・紙、38.4x29.0cm、筆者蔵 |
清一は長い間に貯まった膨大な数のスケッチを、大きな紙包みに入れて大切に保存していました。中には人手に渡ったものもありますが、わたしの手元には、なお500点に近い水彩画、パステル画、鉛筆画のスケッチが残っています。その中の一枚に、異人館風の建物を描いた水彩画がありました。
清一のスケッチには風景や花などの自然を描いたものが圧倒的に多く、建物などの人工的構築物を描いたものは珍しいのです。もちろん、このページですでにご紹介したように『倉敷の家』(2004年03月)、『山本五十六の生家』(2004年12月)、『天王山農場本館』(2005年10月)、『神戸山手風景』(2005年12月)
などの、建物を描いた作品もあるにはありますが、これらはあくまでも風景の中の建物を描いたもので、今月のスケッチのように、一つの建物だけを描いたものは少ないのです。
清一はこのスケッチに場所も日付も記していないのですが、この異人館風の建物は、明治から大正時代にかけて、神戸や横浜や長崎などに盛んに建てられた木造の近代西洋建築の一つなのでしょう。全体が淡い水色に塗られ、瓦葺き屋根の上には暖炉の煙突が立っています。コリント式柱頭飾りがついた柱と、窓の下の欄干の飾りが特徴的です。表通りに面してショーウインドウが並び、その上には大きな文字で
"OLIVER EVANS & Co." と書かれているところから、神戸の旧居留地の風景ではないかと考えました。
もしもそうなら、神戸の異人館のスケッチで有名な画家・小松益喜も、これと同じ建物を描いているかもしれません。そう思って調べてみると、万歳! やっぱりありました。数年前に古書店で見つけた田宮虎彦・小松益喜著『神戸
我が幼き日の…』(中外書房、1958年)という本の中に、これと正しく同じ建物の絵が掲載されていたのです。本の説明文によると、この建物は旧居留地の中の、南北通りの明石町と東西通りの仲町との交差点の東南角にあった店で、食料品や雑貨類を販売していたとのことです。
この建物がいつごろ建てられ、いつごろまでこの場所にあったのかを知りたいのですが、まだ手掛かりがつかめません。1945年の神戸大空襲で焼失したのかもしれません。
一方、清一がこの絵を描いたのは、彼が神戸にやって来た1930年以降の、比較的早い時期だったのではないかと思われます。
歩道に停められた自転車とショーウインドウの飾り付けが、わずかに人の気配を感じさせるだけで、辺りは静まり返っています。路肩に立つ飾りのついた街路灯が遠い昔を感じさせます。季節は冬なのでしょう。くの字に曲がった貧弱な街路樹がすっかり葉を落としています。
かつてこの建物が建っていた場所には、現在、カタカナの名前の洒落たお店が入った新しい建物が建っています。
1995年の阪神淡路大震災後に再開発が進んだこの一帯は、神戸の新しいオシャレな街に生まれ変わり、毎日、大勢の人たちで混雑しています。
なお、『戦前の旧居留地風景』という画題は、わたしが勝手につけたものです。