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2006年 12月号


2006年12月号の「今月の一枚」でご紹介するのは『水戸桜山の秋』(1931年) です。

※今月までのバックナンバーは、ページの最下段をご覧下さい。



写真1. 鈴木清一作『水戸桜山の秋』(1931年)
油彩・板、21.6x26.9cm、筆者蔵

緩やかな傾斜地を彩る常緑樹と紅葉樹が力強いタッチで描かれています。赤と緑の鮮やかな色彩の対比が見事です。常緑樹は赤松で、紅葉樹は桜と楓なのでしょうか。作品の裏面には、清一の筆跡で「水戸桜山の秋」と墨書されています(写真2)。桜山は日本三名園の一つとして有名な偕楽園に面した千波公園の隣にある水戸市有数の桜の名所です。 


写真2.『水戸桜山の秋』の裏面に書かれた墨書

画面左下には「昭和六年、清一」の署名が入っています。昭和6(1931)年という年は、中国東北部の柳条湖で関東軍(日本陸軍中国駐屯部隊)の謀略による鉄道爆破事件が起こり、日本は満州侵略(満州事変)を開始した年で、やがては日中戦争から太平洋戦争へと続く泥沼の15年戦争へと突入していった年です。

清一が洋画蒐集家の跡部操に招かれて神戸へぶらりとやって来たのは、その前年の1930(昭和5)年1月のことでした。跡部の自宅にアトリエを構えて制作を始めた彼は「一つ一つの仕事が自分を成長させてくれる気がする。もう過去の仕事はすべて抹殺してしまっても惜しくない。早く東京へ出たい。そしてすべてが新しい気持ちで生活を始めたい」と、婚約者の八千代に宛てた手紙に書いています(拙著『孤高の画家・鈴木清一の作品と生涯』から)。

ところが、翌1931年3月に彼は水戸から八千代を神戸へ呼び寄せて結婚、さらに同年9月には神戸に拠点を置く兵庫県美術家聯盟の会員になっています。結婚はともかくとしても、兵庫画壇の仲間入りをしたということは、神戸に定住することが前提にあった筈です。わずか1年前には東京での新しい生活を考えていた彼が、なぜ神戸に落ち着くことになったのでしょう。環境の変化、あるいは心境の変化があったものと思われますが、今から75年も前のことですから、もうこの謎を解き明かすことはできません。

いずれにしても、彼は1931年の紅葉の時期 (11月ごろ)に、おそらく妻の八千代とともに、郷里の水戸へ戻って家族や知人たちに会い、神戸で生活することにしたことを伝え、郷里を離れる記念に桜山の紅葉を描いたものと思われます。

さて、作品の裏面の墨文字をもう一度よく見ると、どうもこれは75年前に書かれたものではないということに気づきます。この木板には何かを捏ねたような古い汚れが付着しているのですが、墨文字は明らかにこの汚れの上に書かれています。実はこれとよく似た筆跡の墨文字が清一の古い作品や写真の裏面にもいくつか見つかっています。これらに共通していることは、どれも戦前の作品や写真ばかりだということです。例えば『水戸県庁前堤の並木』(2005年2月号)の裏面には「水戸県庁前、堤の並木、大正13年頃の作」と書かれており、また 『八千代像』(2002年9月号)でご紹介した水戸公園での写真の裏面には「水戸にて八千代を描く、飛行船ツェッペリン伯号来る」と書かれます。この他にも、東京美術学校時代の写真(写真3)、父・国三郎と京都を訪れたときの写真(写真4)、長男を抱く妻の写真(写真5)などにも、清一の書き込みが見つかっています。この「水戸桜山の秋」の墨文字もこれらと同じときに書き込まれたものと思われます。

清一のスケッチには場所と日付のないものが多いことでも分かるように、彼は決して記録好きではありませんでした。そんな彼も、晩年に古い作品や写真を手にとって眺めているうちに、いささか感傷的な気分になって、このような「注釈」を入れてみたくなったに違いありません。

写真3
大正八年、美校卒業の頃
クラスメート
写真4
黒谷(金戒光明寺) よろいかけ松の前に立つ清一の父、1924年5月
写真5
八千代と藍作、会下山
清一撮す(現像も清一)


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