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2007年 1月号


 
 あけましておめでとうございます。
 昨年6月、父の画集と伝記を1冊にまとめた 『孤高の画家・鈴木清一の作品と生涯』 の出版を5年掛かりで果たしたわたしは、ゆったりとくつろいだ気分で新年を迎えました。暖かいご感想やご意見などをお寄せ下さった方々に、改めて心からお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

 2001年10月に開設した「今月の一枚」も、おかげさまで6回目のお正月を迎えました。これからも末永くお付き合い下さるようお願い申し上げます。

※今月までのバックナンバーは、ページの最下段をご覧下さい。



鈴木清一作『耕三生後八か月』(1937年)
油彩画・板、33.0x23.7cm、筆者蔵

 さて、2007年1月号の「今月の一枚」は少し趣向を変えて、赤ん坊の肖像画 --- 今からおよそ70年前のわたしを描いた油彩画をご紹介いたします。

 画面左下を見ると「清一 昭和12年9月」と記されています。わたしが清一・八千代の三男として神戸月見山で生まれたのは、1937(昭和12)年1月のことですから、生後八か月の赤ん坊ということになります。どこの親でも、第1子の写真は夢中になって撮るのですが、第2子以降になると、それほどではなくなることが多いようで、清一も長男のことは何枚も描いているのですが、わたしを描いた作品はこの一枚しかありません。

 この作品とほぼ同じころに撮影された1枚の写真 --- 母の腕に抱かれてご満悦のわたしの写真が残っています。撮影したのは、独特の柔らかい雰囲気の写真を得意とした黒木鵜足氏です。彼は兵庫県美術家聯盟の賛助会員で、性格写真家として知られていた人でした。

 ところで、1937年という年は、日本陸軍が起こした盧溝橋事件を契機に日中全面戦争が始まり、やがては太平洋戦争につながる破滅への道を日本が歩み始めた運命の年でした。時の近衛文麿内閣は軍の独走に何らの手を打つことなく、ひたすら国家総動員体制の下に国民を駆り立てたのでした。しかし、この写真を眺める限り、そんな暗い世相を微塵も感じさせないのがせめてもの救いです。 


写真2. 母・八千代に抱かれたわたし(1937年)



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7月:『海岸の風景』
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    『孤高の画家・鈴木清一の作品と生涯』
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4月:『青い花瓶の水仙』
3月:『戦前の旧居留地風景』
2月:『室津の梅』
1月:『雪の月見山』

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