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2007年 3月号


 

鈴木清一作『蘭』(1940年)
水彩・紙、30.2x42.3cm、個人蔵(宝塚市)




 私が2001年10月に神戸・元町通のこうべまちづくり会館ギャラリーで開いた「郷土の洋画家・鈴木清一回顧展」では、さまざまな発見や驚きがありましたが、これからご紹介するのはその中の一つです。

 回顧展が始まって3日目の10月13日の午後、思いがけないお客様が展覧会場にお見えになりました。その方は池長廣氏、南蛮美術品の蒐集家で知られる故・池長孟氏のご子息で、清一の回顧展のことをご友人に聞いて来られたのでした。孟氏のお名前は私も知っていましたが、廣氏にお目にかかるのはこのときが初めてでした。笑顔で穏やかにお話しになる温厚な方というのが氏の第一印象でした。
 廣氏から伺った話は概ね次のようなものでした。1960年ごろ、氏は清一から絵を習っておられたそうですが、清一については画家ということ以外、何もご存じなかったとのことでした。このたび、回顧展のことをご友人からお聞きになったことで、ふと思いついて孟氏の遺品を調べられたところ、清一が写っている写真が見つかり、非常に驚かれたということでした。
 この写真というのは、1940年3月に池長孟氏が開いた池長美術館の開館記念写真でした(写真1)。廣氏は「鈴木先生は私が池長孟の息子だということをおそらくご存知だったのでしょうが、先生はそんなことを話題にされなかったし、戦前・戦中のご自身のことなど何も明かされなかったので、私は今日まで鈴木先生がどんな方だったのか全く知りませんでした。父が持っていたこの写真に鈴木先生が写っていることすら、今まで気がついていなかったのです」とお話しになりながら、写真のコピーを私に下さったのです。清一の遺品の中にもなかった、初めて見る写真でした。


写真1 池長美術館開館記念(1940年3月30日)
(前列左から) 大塚銀次郎、川西英、林重義、谷崎潤一郎、池長孟
(後列左から) 鈴木清一、小磯良平、竹中郁


 廣氏のお宅には清一の作品があるとお聞きしたので、後日、ご自宅にお邪魔して見せていただきました。風景と静物の小品が全部で4点ありましたが、その中の1枚がこの『蘭』でした。池長美術館の一般公開に先立って、地元の美術家や文化人を招いた開館記念式が行なわれ、そこに招かれた清一が揮毫帳に描いたものでした。
 いろいろお話を伺っているうちに、奥様も廣氏と一緒に清一に絵を習っておられたことが分かりました。当時、私はすでに『孤高の画家・鈴木清一の作品と生涯』の執筆に取りかかっており、池長美術館についてもぜひ触れることにしたいと考えていました。そして、貴重な情報をお知らせ下さったご夫妻には拙著を差し上げようと心に決めていました。ところが本ができる以前に、奥様からご主人の訃報が届いたのです。廣氏にご覧いただけなかったのは残念でしたが、昨年6月にやっと本ができ上がったので奥様にお送りしたところ、さっそく「50年前 ... 先生にお優しくお教え頂きました思い出がなつかしくよみがえって参ります。昨年亡くなりました夫も天国でどんなにか喜んでおりますことと存じ ... 私の宝物にさせていただきます」という、心のこもったお礼状を頂戴いたしました。
 ところで、池長美術館は、永らく文化不毛の地と言われてきた神戸に初めてできた美術館でした。かねて神戸に文化施設がないことを嘆いてきた神戸在住の美術家たちは、この新しい美術館の完成を歓迎しました。当時、清一が代表を務める兵庫県美術家聯盟の機関誌『聯盟美術』(第7輯、1940年5月発行)は次のような記事を掲載しています(写真2)。

 神戸のような国際大都市にして、美術館の一つも持たないということは、 国民教養の程度も察せられて大きな国辱である。たとえ大廈高楼軒を並ぶるとも、荒野に等しいではありませんか。床の間に画幅を飾って花に風情を添える。これ人間教養の始まりで、精神向上、人格陶冶の出発点であります。日本ではどんなささやかな家庭でも、床の間のないようなものはほとんどありますまい。しかるに、大都会に美術館もないというのは床の間のないことなので、何という殺風景な話でしょう。
 そういった気持ちから、神戸の素封家、池長孟氏が自費を投じて最近熊内町1丁目に池長美術館を建設した‥‥

 1945年の神戸大空襲でも焼失を免れた池長美術館の建物と美術品は、1951年に神戸市に委譲され、現在、美術品は神戸市立博物館の所蔵品となり、建物は神戸市文書館として利用されています。


写真2 兵庫県美術家聯盟機関誌『聯盟美術』(第7輯、1940年5月発行)

 

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