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| ▲写真1 鈴木清一作『冬の海』(1939年) 油彩・カンヴァス、行方不明 |
長らく所在が分からなかった清一の記念碑的作品『初秋の丘』(1921年)
が奇跡的に見つかったことを、先月のこのページでご紹介いたしました。これは、インターネット上に作者名と画題、作品の写真などを公開していたからこそ実現したのです。そこで今月は、行方不明になっている清一の作品をもう1枚、どなたかが所蔵なさっていることを願いながらご紹介いたします。
写真1は清一の遺品の中から見つかったものです。この写真を見たときに、私はどこかでこれに似た絵を見たことがあるような気がしましたが、それが何だったのか思い出せませんでした。ある日、私はふと清一のスケッチの中にあったような気がして調べてみたところ、やはりそうでした。写真2に示すスケッチが見つかったのです。海に浮かんだ船の数が少し違うのと、スケッチには水鳥が描かれていないことなどを別にすれば、写真1の油彩画は写真2のスケッチを基に描かれたものと断言できます。しかし、残念ながらこのスケッチにも日付と場所が入っていませんでした。
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| ▲写真2 鈴木清一作 海岸風景スケッチ (1939年ごろ) 黒インク・紙、27.4x39.3cm、筆者蔵 |
その後、新しい発見がないまま2〜3年が過ぎ、もうこの絵のことをほとんど忘れていたある日のことでした。当時、私は清一の伝記 『孤高の画家・鈴木清一の作品と生涯』(神戸新聞総合出版センター、2006年)を執筆するために、神戸市立中央図書館で戦前・戦中の新聞記事をマイクロフィルムで調べる仕事に取り組んでいました。その日は朝からマイクロフィルム・リーダーの前に陣取り、昼食を摂る時間も惜しんで、フィルムを少し早送りしながら画面を凝視し続けていました。そろそろ休憩して昼食にしようと思っていたときでした。小さな写真入りの記事が画面の中を下から上にさっと通り過ぎていくのが一瞬目に留まったのです。あっと思ってフィルムを巻き戻してみると、写真3の記事が見つかったのです。大発見です。思わずやったと小声で叫びました。今までの疲れもどこかへ吹っ飛んでしまいました。
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| ▲写真3 『神戸新聞』(1939年6月27日) |
清一は1939年6月と1940年12月に「鈴木清一油絵展」を神戸画廊で開いています。出品目録が残っていないので、どんな作品を出品したのかがほとんど分かっていません。昨年6月になって、1940年の個展に出品した『小菊』が見つかっていますが、1939年の個展に出品した作品の写真が確認できたのは今回が初めてです。
急いで昼食を摂った後に、私は1939年6月27日前後の新聞を詳しく調べてみることにしました。すると、予想通り『大阪毎日新聞(神戸版)』(1939年6月29日付)
の美術欄に「鈴木画伯個展寸感」と題した仲郷三郎氏の記事が出ているのが見つかりました。
「 …… 作品は色彩の美しさをねらった草花の静物と須磨の海や森の渓流の風景であるが、それを統制しているものは全く洗練された鈴木さんの気品であった。これは染色や工芸にうかがわれる鈴木さんの好みの一つの表れである。たとえば『冬の海』の暗く寂しい色の中に一脈流れてやまぬ青潮の明るさ、小舟の一端に染みたエメラルドのわびしさ、海鳥の白い翼は空の曇りからのぞかれた青い光に映えているのである。だが、わたしはここで鈴木さんの詩を説明しようとは思わない。それは見る人が皆それぞれに打たれるものであるから。とにかくうれしい清新な展覧会であった。」
これで謎はすっかり解けました。写真の油彩画には『冬の海』という画題がつけられていたのです。原画の行方は分かりませんが、作品には先の『小菊』の絵と同じように、神戸画廊の値札が付いている筈です。
この絵についての情報をお持ちの方は、どうかこちらのメールアドレスまでご連絡下さるようお願い申し上げます。
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