
今月ご紹介するのは色紙に油絵具で描いた「本栖湖」という小品です(写真1)。先月ご紹介した武庫川堤と同じく、この作品も明石市のH氏から返還された作品の中の1枚です。H氏のご尊父がこの色紙を入手なさった時期から推察して、1964年ごろに描かれたものと思われます。
![]() |
| ▲写真1. 鈴木清一作「本栖湖」(1964年ごろ?) 油彩・色紙、27.2x24.2cm、筆者蔵 |
本栖湖は山中湖、河口湖、西湖、精進湖と並ぶ富士五湖の一つで、これらの中では最も深く、透明度が高いことで知られています。本栖湖の観光写真につきものの富士山がこの絵に描かれていないのは、絵葉書のような俗っぽい絵にはしたくないと彼が考えたからなのでしょう。大胆にデフォルメされた山と、近景の松の木が太い筆で力強く描かれています。季節は晩秋か早春のようです。青空に浮かんだ奇妙な形の雲が、画面に面白い変化を与えています。
清一は伊豆・箱根地方のスケッチを10枚ほど遺しており、修善寺、熱海、石廊崎、河口湖などの風景に混じって、この油彩画の基になった本栖湖のスケッチもあります(写真2)。
![]() |
| ▲写真2. 鈴木清一作「本栖湖」(1964年ごろ?) 油彩・色紙、27.2x24.2cm、筆者蔵 |
晩年の清一は独りで旅に出ることはありませんでしたが、彼が絵画教師をしていた啓明女学院(現啓明学院)の教職員慰安旅行や修学旅行には、スケッチブックを携えて同行していたようでした。おそらくこれらのスケッチも、啓明女学院の旅行に同行した際に描いたものなのでしょう。団体で移動中のごく短時間に鉛筆で写生し、宿に着いてから水彩絵具で彩色したのだと思います。
※今月までのバックナンバーは、ページの最下段をご覧下さい。