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画家・鈴木清一の世界:ゲストブック


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お尻に入れたまんまって(... 投稿者:デロリアン 投稿日:2010/09/09(Thu) 00:25 No.1322  
お尻にローター入れたまんまフェラするのが好きって(笑)どんだけ淫乱やねん!?
でも、フェラしてるうちに目がとろぉ〜ってなってきて、俺と一緒にイッてくれたのは嬉しかったっす!!
http://inuchat.net/con/jrhxomg/


バキュームだったっす。。 投稿者:もりお 投稿日:2010/09/08(Wed) 20:15 No.1321  
なんか俺の体液全部吸い取られた感じだ。。
本気で金に困ってたから、助かったけど週1回のペースだと体が持たないです。
http://d-ash.net/gyaku/n23do9b/


先生と木曜会 投稿者:眞鍋 宜夫 投稿日:2010/07/02(Fri) 13:13 No.1199  
からたちの花の葉書素敵ですね。
自然に人の目がなかなか向かないと先生が嘆かれてから大分時間も経っており、今はもっとひどいと云うことでしょうが自戒したいものです。

話は変わりますが、先日三菱重工のOB会「菱壽会」の総会があり、木曜会会員でもある同会会長の渡辺さんから特別議題として木曜会の紹介を通して趣味(絵)に纏わる話をするようにと指示があり、私が大型画面を使って10分余り話しをしてきました。
木曜会は再来年創立80周年を迎えますが、このように長い伝統を刻めたのは指導の先生、取り分け戦時中を併せて46年もの間ご指導頂いた鈴木清一先生のお陰と私なりにお伝えし先生の偉業の一端をを紹介させて頂きました。
私自身は先生に直接はお会いしていませんが、高等学校の大先輩でもあり、このサイトを通じて様々な事を知り、とても身近な存在となっております。


Re: 先生と木曜会 鈴木 耕三 - 2010/07/02(Fri) 14:10 No.1200  

真鍋さん 書き込みをありがとうございました。自然との関わりにまつわる自戒の念、まったく仰る通りだと思います。

先日ふと思いついて、田山花袋の『わが小暦』という小品を読んでみました。書き出しには「十二月、一年の好時節。小春日、南縁に背を曝すもよし。山茶花は紅なるよりも白き、詩趣に富む。茶の花の垣に咲けるも淋しくてよし。葉大方落ちて、凩すさまじく吹立つ。武蔵野の特色は欅の林、榛の林、其枝の鳴る、潮の寄するが如し。霜、二度三度置けども、野中の垣根道猶悪しからず、丘より丘につづく萱原、薄原、夕日に鳴りてそぞろ寒し」といった調子で、季節の移り変わる様を鋭い感性で見事に描かれています。車もテレビも電話もなかった昔の人の心の余裕といったものが感じられます。

三菱重工OB会の総会で木曜会の紹介をなさった由、わたしも拝聴したかったと思います。木曜会の懇親会など、適当な機会にご紹介してくださいませんか?


お祖父さんの楽しみ 投稿者:後藤 一路 投稿日:2010/04/04(Sun) 15:15 No.1063  
お嬢様の誕生祝いに山桜の色紙を描いておられるお父様(お祖父様)の心楽しいご様子が想像できて、こちらまで嬉しくなりました。

お互いに、御尊父がこのお祝いを用意された歳になりまして、今までより余計に親のありがたさを痛感するようになった気がします。

これからも折々に、御尊父の絵を拝見しながら鈴木さんのご様子を想像させて戴くと言う楽しみも味あわせて戴きます。


Re: お祖父さんの楽しみ 鈴木 耕三 - 2010/04/08(Thu) 08:10 No.1068  

後藤さん 温かい書き込みをありがとうございます。

今春、小学3年生と年長組になった孫たちにはがき絵の便りを出すようになって数年が過ぎました。これは清一のはがき絵に倣ったわけです。はじめのうちは連名宛にしていたのですが、兄妹で取り合いをするようになり「じいじ、別々に送ってよ!」と直訴されるに及び、それからは同時に2枚送らなければならなくなりました。昨年、この二人に新しい妹ができたので、もう暫くすると3枚に増やさねばならなくなるでしょう。

旅に出ていたために、お返事が遅くなったことをお詫びいたします。


「新楼の家」の場所が特定... 投稿者:鈴木 耕三 投稿日:2010/03/05(Fri) 21:35 No.1031  
 台湾政府交通部観光局の林俊慧氏と台南市政府文化観光処の呂苑霖氏のご好意によって、『今月の一枚』(2007年6月号)でご紹介した「新楼の家」の場所が台南市新楼街の台南神学院構内に建つ台湾教会公報社の建物であることが特定されました。残念ながら、この建物は10数年前に取り壊され、現在は図書館が建っているそうです。

 清一の「新楼の家」は、1927~28年に彼が台湾滞在中に描いた作品で唯一所在が知られているものですが、描かれている場所が長らく分かりませんでした。今回の場所の特定を機会に、台湾時代の清一の足跡を少しでも明らかにすることができるようになればと願っています。

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